⇒home

back

初めての出会い

なぜ人間は神に会えないのか?    

ローマ人への手紙3章23節
すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、

1.人間は神から離れているからです。
 (1)罪を犯してから、神(創造主)を知らない者になりました。(ローマ3:23、3:10)
 (2)その結果、人間は苦しむようになったのです。
  @ 精神的に悩まされるようになりました。(マタイ11:28)
  A 生きがいのない生活、バランスの崩れた生活になりました。
  B 肉体も病を患うようになりました。(使徒8:7〜8、マタイ18:16〜17)
  C すべての問題は霊的なところにその原因があるのです。
 (3)これらの問題を解決するために迷信や宗教を求めるようになったのです。

2. 聖書はこのような人間の不幸がいつから始まったのかを示しています。
 (1)人類の起源であるアダムとエバの時代から始まりました。
 (2)原因(創3:1〜15)
 (3)結果(創3:16〜19)

3. この不幸はいまでも続いています。
 (1)現在も続いています。(エペソ2:1〜2)  
 (2)解決の努力をすればするほど、更にひどくなります。(マタイ12:42〜45)

4. では、なぜこのような不幸はなくならないのでしょうか?
 (1)不幸をもたらす者が存在するからです。
 (2)その名前は?(正体)
   @ サタン、悪魔
   A 悪霊
 (3)いつから現れたのでしょうか?
   @ 天使が堕落して天から追い出された時から。(ユダ6、黙12:7〜9)
   A 空中の権威を持つ支配者です。(エペソ2:2)
   B 人間を捕らえて破壊します。
   C 最終的には地獄に落ちます。(マタイ25:41)

5.神を知らないとどうなるでしょうか?
 (1)ヨハネ8:44ー悪魔の子
 (2)使徒10:38、8:7〜8ー悪魔に制せられる。
 (3)エペソ2:2ー世の流れ、サタンの奴隷(自由がない)
 (4)エペソ2:3、マタイの福音書11:28ー心の安らぎがない(いつも不安)
 (5)使徒8:4〜8ー肉体も苦しめられる。
 (6)使徒16:16〜18ー精神的に悩まされる。
 (7)コロサイ2:8ー世の知識にだまされる。
 (8)Tコリント10:20ー死んだ後、子孫にまで問題が起る。
 (9)ルカ16:19〜31ー道に迷い、結局地獄に落ちる。

6.この世、また、人から得られる平安は一時的なものです。
 (1)世的なものです。
 (2)肉体的なものです。
 (3)快楽的なものです。
 (4)もっと大きな不幸をもたらします。

* あなたは真の生きがいを感じ、本当に幸せですか?
あなたの問題をどのように解決したらよいでしょうか?

 

▲top

二度目の出会い


なぜ人間は神に会えないのか?

使徒の働き4章12節
世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。

* 人間に不幸があるのは、神から離れているからです。神から離れた生き方が、不幸をもたらしてしまうのです。ところで、なぜ人間は神に会えないのでしょうか?

1.人間は神にそむいて、自分で神から離れてしまいました。
 (1)その霊が死んでいる状態です。(エペソ2:1)
 (2)それは、神の霊が人間から離れ去ったという意味です。
  @ もともと、人間には神の霊がとどまっていました。(創1:27)
  A 堕落後、とどまっていた神の霊が人間から離れ、霊的に死んでしまいました。
    それで、血の捧げ物を捧げなければ、呪われるようになりました。(カイン)
  B 神の霊が離れたので、サタン(悪魔)の霊が人間の魂を支配し始めました。
 (3)知恵や知識も暗くなって、神の御心が分からなくなりました。(Uテサロニケ2:10〜11)
 (4)神のみことばを聞いても、悟ることができない者になりました。(Uコリント4:3〜4)

2.人間は神に会うために努力しています。
 1)人間はたましいを持っている存在なので、神を求める本能があります。
 (2)まじめであれば会えるだろうと思いましたが、失敗でした。
 (3)宗教を持てばできるだろうと、熱心に宗教を求め、宗教生活に取り組みました。
  (マタイ12:43〜45)
 (4)哲学を通して神に会おうとした結果、真の神からさらに離れてしまいました。
 (5)人々は原罪とは何か、分かっていないのです。

3.救われていない限り、真の神に出会うことはできません。
(1)まず、救われないと真の神を知ることができません。
 (2)新しく生まれないと、神を見ることができません。(ヨハネ3:3〜5)
 (3)救いとは、サタンの支配から解放されることです。
 (4)救いとは、罪から解放されることです。
 (5)救いとは、死と地獄の権威から解放されることです。
 (6)地獄は、悪魔の子が行くところです。(マタイ25:41)
 (7)天国は、神の子が行くところです。

4.死んでいる人が動けないのと同じように、死んでいる霊はいくら努力しても無駄です。
 (1)救われていない者の努力とは、ただの外的な変化に過ぎません。
 (2)努力は悪いことではありませんが、救いを得るに値するものではありません。
 (3)地上には、天国が得られるほどに価値あるものはありません。

5.なぜ人間の努力では救われないのでしょうか?
(1)自分の努力で、たましいを生かすわけにはいかないからです。
 (2)他人の助けでも、たましいを生かすことはできません。
 (3)この地上には、サタンに勝てるような英雄は遣わされたことはありません。(使徒4:12)
 (4)救いは神の恵みです。(エペソ2:8〜9)

 

▲top

三度目の出会い


どうしたら神に会えるのか?

ヨハネの福音書14章6節
イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」

1.神は霊であられます
 (1)霊なので肉の目には見えません
 (2)だれにも制限されないお方です。人間の手に制限されるものは神ではなく、偶像です。
  実は、それには悪霊が関わっているのです。(Tコリント10:20)
 (3)全知全能のお方です。(詩139:1〜6、エレミヤ32:17、32:27)
 (4)霊なので、遍在のお方です。(詩139:7〜12)
 (5)その名をヤーウェと呼ばれます。
 (6)人間は霊的な存在なので、霊である神と出会うことを救いと言います。(イザヤ40:18〜31)

2.ところが人間は肉を持っているので、
 (1)神を見ることができません。
 (2)人間の霊は肉体の中に制限されています。
 (3)その霊が肉体から離れることを死と言います。
 (4)救いの機会は、霊が肉体にとどまっている時に限られています。

3.神に会える道
 (1)霊である神が、人間を救うために、肉をもってこの地上に来られました。(ヨハネ1:14)
 (2)ですから、その方には罪がなく、その霊は神です。
 (3)その方がイエス・キリストです。
 (4)イエスは神性と人性を持っておられるお方です。
  @ メシヤ(キリスト)ー人間の姿、救い主
  A 神の子ー神
 (5)このイエス・キリストを受け入れることが神に会える道です。(ヨハネ1:12、黙3:20)
 (6)キリストを受け入れる時、聖霊が私たちの霊に臨まれます。それが「救い」です。
   (ヨハネ14:16,)
 (7)その時、サタンの束縛から永遠に解放されます。
 (8)真心をもって、このイエス様を受け入れる祈りをお捧げいたしましょう。

4.神が私と共におられる証拠
 (1)聖霊が私のうちに住み始めると、その時から、日々聖められ、導かれます。(ヨハネ14:26〜27)
 (2)聖書を素直に受けとめる時、聖霊に導かれます。
  @ 聖書は生きて働く神のみことばです。
  A 神の命令に従う時、私たちの霊は目覚めます。(詩119:10)
 (3)罪が解決された時、聖霊の導きにあずかります。(詩66:18、ガラテヤ5:16〜18)
 (4)時間を定めて、課題を決めて、切に祈り続けると力が与えられます。
 (5)私たちをとられた悪魔は、誘い込む霊、悪霊を通して私たちの信仰を妨げます。
  それで、「聖霊に満たされなさい」と命じられているのです。(エペソ5:18)
 (6)聖霊に満たされると力を得ます。(使徒1:8)
   @ 自分自身
   A この世
   B サタンに勝つ。
 (7)伝道の扉が開かれます。
 (8)神が生きて働いておられる証拠が現れます。
 (9)ヨハネ14:6のみことばが理解できますか?

 

▲top

四度目の出会い


なぜイエスのみが道なのか?

ヨハネの手紙第一3章8節
罪のうちを歩む者は、悪魔から出た者です。悪魔は初めから罪を犯しているからです。神の子が現われたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。

1.ほとんどの人が、救いと生き方との違いをわきまえていません。
 (1)宗教はみな同じだと思っています。
 (2)すべての宗教の目的は、結局善を行うことだと言います。
 (3)良い行いによって徳を高めるのが、救いへの道だと思っています。
 (4)キリスト教は宗教ではなく、いのちそのものです。
 (5)宗教は人間が作り出したものですが、福音は神が与えたものです。
 (6)宗教は人間が探して行くことですが、福音は神が来られたことです。
 (7)宗教は人間の行いを基準にしますが、福音は神の救いが基準です。

2.救われていない(裁かれている)状態についてよく知らないからでしょう。
(1)罪(原罪)を犯して、神から離れています。(ローマ3:10、3:23)
 (2)それは、創世記3章に現れたサタンの手に縛られたことを意味します。(エペソ2:2〜3)
 (3)滅びの状態は恐ろしいものです。
  @ その霊がサタンの霊に支配されています。
  A 呪われたたましいです。
  B それで、自然に偶像礼拝、先祖祀り、お札、お守り、占い、迷信、宗教などに
つかまってから、結局、滅びます。
   a.人生は失敗となり、世からいなくなります。
   b.子孫三、四代まで咎が報われます。(出エジ20:4〜5)
   c.精神的な病、悪霊につかれた病、わけもわからない病気で肉体が苦しめられます。
(マタイ8:16〜17)
C そして地獄に落ちます。(マタイ25:41、黙14:6〜12)

3.救い出してくださる方は、ただ一人だけ。
(1)このサタンの力に勝てる権威を持つお方でなければなりません。
 (2)必ず人間の肉体を持っていなければなりません。(ヨハネ1:1、1:14)
 (3)それでいて、罪のない方でなければなりません。
 (4)アダムの子孫ではない者でなければなりません。(処女降誕)
 (5)罪の代価として、罪のない人間が死ななければなりません。(創2:17)
 (6)神である証拠として必ず甦らなければなりません。(Tコリント15:3〜5)
 (7)その方がイエス・キリストです。
 (8)神の御姿であるイエス(ピリピ2:6〜9)のみが、サタンの力を打ち壊して、人間を救うことができます。
 (9)そのことは、現実に証明されています。(使徒16:16〜18)

4.救いとはどういうものでしょうか?
(1)罪から解放されたことです。
  @ 原罪ー永遠に呪われるべき罪
  A 罪ー原罪の結果、犯した罪
 (2)現在働いているサタンの力から解き放たれ、その運命から解放される。(2:1)
 (3)来世に天のところに座る。(2:6)

* Tヨハネ3:8のみことばが理解できますか?


▲top


五度目の出会い


なぜ私には確信がないのか?

ヨハネの手紙第一5章11〜13節
そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによく分からせるためです。

* 現在、教会に通っている人の中にも、‘私には確信がない’と平気で言う人がいます。そして、言葉では言わなくても、実際の生活から確信のない信徒の姿がよく見られます。また、確信がないので無駄なことに熱中する場合もあります。なぜ多くのクリスチャンが救いの確信を持つことができないでいるのでしょうか? その答えをぜひ見出していただきたいと願います。

1.救われた者のいのちがどういうものなのかを知らないからです。
(1)救われた人とは、イエス・キリストを知的に認め、心に信じて、口で告白することによって、
受け入れた人を意味します。(ヨハネ1:12、黙3:20)
 (2)イエス・キリストを救い主として受け入れると、その人のうちには聖霊がとどまり、支配するように
なりますが、それをいのちと言います(自分の力とは全然関係ない)。
(ローマ8:2、Tコリント3:16、12:3)
(3)いのち(聖霊)のない人はどういう状態にあるのでしょうか?
  @ 堕落していのちを失ってしまったアダムとエバ(救われる前)のような状態です。
  A その人のたましい(霊)はサタンに支配されています。(ヨハネ8:44、使徒10:38)
  B いくら豊かになっても、心の安らぎ(平安)が得られません。(マタイ11:28〜29)
  C 目標を達成しても、争いが続きます。
  D 本人も知らずに、生活(肉)は悪魔に導かれ支配されます。(エペソ2:2〜3)
  E 時には肉体も病を患うようになります。(使徒8:4〜8)
  F 精神的にも悩まされます。(使徒16:16〜18)
  G この世を離れる日、地獄に落ちます。(ルカ16:19〜31、マタイ25:41)

2.救われた者の祝福がどういうものなのか、知らないからです。
(1)救われた者は、神の裁きと御怒りとの原因である罪から解放されます。(エペソ2:1)
  @ 原罪   A 罪過   B 先祖の罪(偶像礼拝)
 (2)救われた者は、世の重荷やサタンの力からたちどころに解放されます。(エペソ2:2)
 (3)救われた者は、地獄の恐れ(力)から永遠に解放されます。(エペソ2:6)
 (4)救われた者には、後に来る世々において証拠が現れます。(エペソ2:7)

3.救われた者の特権がどういうものなのか知らないからです。(マタイ16:13〜20)
(1)福音宣教の特権は、クリスチャンにのみ与えられています。
@ 岩のようになる。(聖化)
A 教会を建てる。(救い)
(2)サタンの力に勝てる権威は、聖徒にのみ与えられています。
@ 戦う姿勢が求められます。
A 最後まで忍耐を尽くす姿勢が求められます。(ルカ18:5)
(3)祈りが聞かれる特権は、聖徒にのみ与えられている祝福です。
@ 未信者の外的な祝福は、実は、サタンに属している運命の中でのものであり、神のある目的
のための一時的なものです。(箴言16:4)
A 鍵を持たなければなりません。

4.救われた者の生き方を知らないからです。
(1)未信者の生き方を確かめてみましょう。
 (2)信徒は聖霊に導かれるべきです。(ヨハネ14:26〜27)
  @ 思い煩いを捨てるべきです。(Tペテロ5:7)
  A 自我を完全に捨てると、完全にイエス・キリストに満たされます。
  B ごまかしている計算を捨てるべきです。それは、いくらうまく進められるように見えても、結局
失敗に終わってしまいます。(使徒5:1〜10)
 (3)聖霊に導かれるためには
  @ イエス・キリストが生活(人生)の中心とならなければなりません。(Uコリント5:17)
  A 祈りが優先されるべきです。(使徒16:13、16:16)
  B 生き方すべてが福音宣教に合わせられるべきです。(使徒1:8)

 


▲top

六度目の出会い


救われた私はどう変わっているのか?

コリント人への手紙第一2章10-14節
神はこれを御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを悟り、神の深みにまで及ばれるからです。いったい人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜ったものを、私たちが知るためです。この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼らには愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。

* 神は神の民を救うために、天と地におけるすべての計画を立てられました。神が人となり(ヨハネ1:14)、血を流され、甦られ、そして天に昇られ、今も聖霊を通して働いておられます。でも、ほとんどの人がこの神の救いについて、誤解しているようです。

1.では、救いについての誤った考え方(救いではないこと)にはどういうものがあるのでしょうか。
(1)宗教を持っていると、救われたと錯覚します(ヨハネ3:1〜10)。宗教は人が作り出したもので福音
ではありません。善を行おうという良い目的はありますが、救われていない者は善を行うことがで
きません。実は、霊が死んでいる者の善は、善となり得ないのです。(海賊船の船員)
(2)教会に登録して通うのが、救いだと思っています。しかし、むしろ何の効果もなく、重荷が積み
重なるだけです。(マタイ12:43〜45)
(3)熱心さを救いの尺度と誤解します。 パリサイ人の熱心さを知っていますか?供養する人の熱心
をご存知でしょうか?そのような熱心の結果は空しさであり、失敗(失望)で終わります。
(4)信念(哲学)を堅く守ると救われるだろうと誤解します。しかし、その信念は期待外れの結果をもた
らし、決定的な瞬間になると自分で失敗感を味わわざるを得ないのです。
(5)経典を暗唱したり、呪文を唱えたりして祈ると、救われたと思います。しかし、これらのことはみ
な、外的、一時的な変化に過ぎないことで、決して内的、本質的な変化ではありません。イエ
スは苦しんでいる宗教人に向かって、マタイ12:28〜29でその解決策を真実に説明され、彼らを
招いておられます。

2.それでは、救われたとはどういうことでしょうか?
(1)内的(霊的)変化が起ったということです。
 (2)その人のうちに、聖霊が住まわれ支配することを意味します。
 (3)ローマ8:2には‘いのちの御霊’、ヨハネ3:3〜5には「水と御霊によって生まれになければ、
神の国はいることはできません。」と示されています。
 (4)ヨハネ14:16〜17によると、この真理の霊である聖霊を追い出せる者はいないし、離れ去ることも
ありません。
 (5)私たちの内側に聖霊が住まわれると、
  @ 聖霊によって救いが完成され、律法の要求が全うされます。(ローマ8:2、4、9)
  A 神の御心や祝福、恵みなどを知るようになります。(Tコリント2:10〜14)
  B 私たちが神の神殿であることが分かります。(Tコリント3:16)
  C 誤りを直していただけます。(ガラテヤ5:16〜18)
  D 弱い私たちを導き、守ってくださいます。(ヨハネ14:26〜27)
  E 平安をお与えになります。(ヨハネ14:27)
  F 私たちの祈りをお聞きになります。(ローマ8:26)
  G すべてのことを益としてくださいます。(ローマ8:28)

3.どうすればこのような救いにあずかることができるのでしょうか?
 (1)私がイエスのうちにとどまるなら、イエスのいのちは私のうちにあります。
 (2)それは、水と御霊によって新しく生まれる(上から生まれる)ということです。
 (3)方法はただ一つしかありません。(ヨハネ3:14〜16)

4.いのちを持っている者は、四つのことが変わります。
(1)霊的な戸籍が変わります。ヨハネ8:44→Tヨハネ3:2(ヨハネ5:24)
 (2)身分が変わります。ローマ6:17→ローマ6:22
 (3)霊、肉の状態が変わり、生き方が変わります。エペソ2:1→エペソ2:5
 (4)人生の導きが変わります。エペソ2:2→ガラテヤ5:18

5.神はいのちを持っている者をどのようにされるのでしょうか?
(1)決して捨てないで、導き聖めていかれます。(ヨハネ14:16、14:26、ガラテヤ5:16〜18)
 (2)いのちを持っている者を滅ぼせるものはいません。(ローマ8:31〜39で確かめましょう)

▲top


七度目の出会い


これからどう始めるべきなのか?

ヨハネの福音書17章11〜12節
わたしはもう世にいなくなります。彼らは世におりますが、わたしはあなたの みもとにまいります。聖なる父。あなたがわたしに下さっているあなたの 御名の中に、彼らを保ってください。それはわたしたちと同様に、 彼らが一つとなるためです。わたしは彼らと一緒にいたとき、あなたが わたしに下さっている御名の中に彼らを保ち、また守りました。 彼らのうちだれも滅びた者はなく、ただ滅びの子が滅びました。 それは聖書が成就するためです。

* 救われた私たちは、霊的に完全に解放されて自由を得ました。だとしたら、これからの人生をどのように生きて行くべきでしょうか?

1. まず、地球の終末(裁き)まで、サタンが働くことを覚えなければなりません。
(1)世の中の本の中でサタンの陰謀をあばいているのは聖書だけです。
(2)創世記3:15、Tヨハネ3:8を見ると、サタンはもうすでに頭を打ち砕かれました。
今は死んで行くうちに、最後のあがきをしているだけです。(Tペテロ5:8)
(3)完全に縛られる日が地球の最後の日です。(マタイ25:41)
(4)しかし油断できないのは、悪い霊や誘い込む霊、偽りの霊、異端の霊などの悪霊を用いて、
信徒を惑わして妨げることです。
(5)いつも祈りをもって勝利すべきです。(エペソ6:12)
(6)家庭を破壊します。(マタイ12:28〜29)
(7)未信者、また確信のない者を探して巡ります。(Tペテロ5:7〜8)
(8)一度許してしまうと、七倍の力をもって攻撃してきます。(マタイ12:44〜45)
(9)様々な病(不治の病、原因不明の病)をもたらします。(マタイ8:15〜17)
(10)精神的に混乱させます。(マルコ5:1〜10、使徒16:16〜18)
(11)確信を持っている者からは逃げ去ります。(ヤコブ4:7)
(12)特に、きちんと掃除してある家に入り込みます。(マタイ12:45)
(13)信徒が祈ることと、聖書を知ることを一番嫌います。(Tテサロニケ5:16〜18)
(14)礼拝を正しく捧げることを嫌います。(マタイ4:8〜11)
(15)聖日を守ること、伝道することを恐れます。

2.ですから、次の五つのことを常に心において、身につくようにしなければなりません。
(1)イエス・キリストを正しく、そしてより深く知ることです(イザヤ53:5、Vヨハネ2、Tヨハネ3:8)。
サタンはイエス・キリストの御名によって、完全に縛り上げられます。
(2)聖書に啓示された三位一体の神の力を信じる信仰が深められるべきです。
(ヨハネ1:16、10:28〜29)
(3)イエス・キリストを王として受けとめ(心の中心、家庭、置かれている所々で)、その方 に委ね
る信仰を失わないようにしなければなりません。
(4)イエス・キリストの御名の権威を認めて、その方を証しし、宣べ伝えることが
生活の中心になると勝利できます。(ローマ10:9〜10、マタイ10:32〜33、16:13〜19、使徒2:21)
(5)イエス・キリストがあなたの支配者になると、御霊の力はあなたの力や環境、知力、背景などに
関わりなく働かれます。(使徒1:8)

3. あなたは次のどこに属しているか、また、どこにいるべきなのかを確かめましょう。

・生まれながらの人:心の王座に「私」がおり、サタンに支配されている状態。
・肉に属している人:心の中にキリストがおられるが、心の王座には「私」がいる状態。
・霊に属している人:心の王座にキリストがおられ、「私」がしもべとなっている状態。
(1)キリストを心の真中に受け入れて、思い煩いや悩み、罪の重荷などを投げ落としてください。
(2)キリストを心の真中に受け入れて、頑固さを捨てなければなりません。
(3)キリストを心の真中に受け入れて、経験を先立たせないようにしなければなりません。
(4)キリストを心の真中に受け入れて、先入観にとらわれないように気をつけなければなりません。
なぜなら、あなたのうちにおられる聖霊は完璧なお方だからです。

 

▲top

八度目の出会い


神の力はいつ現れるのか?

* 自分とイエス・キリストのことを正しく知っている者は、神の力と祝福を実際に体験するようになります。すなわち、人間はどこから来て何をするのか、そして、どこに向かって行くのかなどを知ることによって、そのような体験は始まるのです。

1. まず、七つのことを心に留めなければなりません。
 (1)本来の人間は、神にあって安らぎが得られる者、つまり神のかたちに創造されました。 (創1:27)
 (2)ところが、悪魔に惑わされて神のかたちが壊れ、その霊が死んでいる状態になりました。 (創3:1〜6、エペソ2:1〜2、ヨハネ8:44)
 (3)その時から人生は失敗や悩み、死などで苦しめられるようになりました。(創3:16〜20)
 (4)この地上では、旅人として人生を過ごし、最後には故郷に帰ります。(ルカ16:19〜31)
 (5)神は、人間のうちに神のかたちを回復させるために、この地上に来られて、悪魔のしわ ざを打ち壊されました。
 (6)イエス・キリストは、神ありながら人であるお方なのです。(ヨハネ1:14、ピリピ2:6〜0)
 (7)このイエス・キリストを受け入れる瞬間、すべての問題は解決されます。(マタイ11:28)

2. これからは、三つの戦いに立ち向かわなければなりません。
(1)自分自身との戦い ヨハネ8:32「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由に します。」
  @ 自分の事情を主に委ねて、主のご計画を見つけ出すべきです。
  A 自分の思いを捨てて、神のまったき御心を求めるべきです。(主の祈り)
  B 自分の計画にはるかに勝る、完璧な神のご計画に信頼しなければなりません。
  C 自我の頑固や自我の思いは何の役にも立ちません。
  D 自分自身を完全に主に委ねなければなりません。(ガラテヤ2:20)
  E 真理はイエス・キリストであり、聖さそのものです。聖なる生き方を通して、完全に 自由になります。
 (2)終末において信徒を惑わしているサタンとの戦い
  @ 自分の力では不可能ですが、イエス・キリストの力によれば立ち向かえます。
  A ヨハネ1:12'特権をお与えになった'と記されています。
  B マタイ28:18'「天においても、地においても、いっさいの権威が与えられている。」'
  C マルコ1:27 悪霊も従う権威
  D Tヨハネ3:8 イエス・キリストは、悪魔のしわざを打ち壊すために来られました。
  E ヨハネ16:24 祈りが聞かれるのも、イエス・キリストの権威によります。
 (3)この世との戦い
  @ ヨハネ14:16 もうひとりの助け主、聖霊がいつまでも・・・
  A ヨハネ14:26〜27 すべてのことを思い起こさせてくださる。 
  B Tヨハネ2:20〜27 油を注いで知識を持たせる。
  C マタイ12:28 御霊が臨まれると神の国になる。
  D 使徒1:8 力を得る。

3. 神の力はいつ現れ始めるのでしょうか?
(1)神の子どもになって、原罪が解決された時、力は現れ始めます。
 (2)罪過が解決された時、力は現れ始めます。
 (3)苦難や迫害、病、挫折の中から、ご計画を見出さなければなりません。
 (4)自分の人生における神の目的を見出さなければなりません。
 (5)今置かれているところにある目的を見出せるようにしていただきましょう。
 (6)その御心のために祈る時、神の力が臨みます。
 (7)イエス・キリストによる満足や勝利が与えられます。

 

▲top

九度目の出会い


祈りは霊的な科学である

* 神は全能であり、私たちの祈りに答えてくださるお方です。罪ある者は神に求めることができないので、罪なきイエスの御名によって祈る時、その祈りは聞かれます。(ヨハネ16:24)
1. 未信者の祈りが聞かれるのはなぜでしょうか?
(1)ほとんどの宗教には祈祷文があり、祈りの行為をします。
  @ 動物などを拝んで祈っても聞かれるのはなぜでしょうか?
  A 石や木などに祈っても聞かれるのはなぜでしょうか?
  B 紙や絵、写真などに祈っても聞かれるのはなぜでしょうか?
C 神棚、像、様々な器具などに祈っても聞かれるのはなぜでしょうか?
D 特定の宗教団体の指導者たちが持っている不思議な力は何でしょうか?これらに対する答えは、Tコリント10:20とマタイ24:11とに記されています。
(2)良いことであれ、悪いことであれ、目先の目的や情欲が満たされることには、注意しなければなりません。
(3)神は、神の子どもが捧げる祈りに対して、三通りの答え方をされます。
@ 祈った通りに、すぐ聞かれる場合があります。
A 損になることや、必要でないことには答えられません。それが答えです。
B 勝るもの(違うもの)で答えてくださいます。それは、神がその民を祝福しようとされ るからです。
2. 神の子どもとして注意すべき祈りの姿勢とは
(1)'私の願うように'ではなく、'神の御心のように'
(2)'私の計画通りに'ではなく、'神の大いなるご計画の通りに'
(3)'私の環境を'ではなく、'神の隠れているご計画を'
 (4)復讐する気持ちによらないで、赦す心によって。
 (5)神の御心に従おうという心で。

3. 神に祈りが聞かれる者の資格は
(1)ヨハネ1:12 必ず、イエスを受け入れた神の子でなければなりません。
 (2)ヨハネ16:24 イエス様の力や、その御名の権威を知っている者が、必ずイエスの御名
によって祈ること。
 (3)詩篇66:18 神に喜ばれないこと、すなわち、サタンを喜ばせる罪や習慣などを捨て去
るために、聖霊の力によって戦わなければなりません。
 (4)ルカ11:5〜12 信仰をもって祈る者に答えられます。
 (5)ルカ18:1〜8 忍耐を尽くして失望しない者に答えられます。
 (6)ピリピ4:6〜7 神の平安によって、心と思いが守られることにより、答えは始まります。

4. 祈りは霊的な科学です。
(1)祈ると聖霊が働かれます。(ルカ11:13、マタイ12:28)
 (2)聖霊の働きがなされると、悪霊の力は必ず縛り上げられます。(マタイ12:28〜29)
 (3)聖霊が働かれると、御使いたちが動員されて、主のみわざを手伝います。
  @ へブル1:14
  A 黙8:3〜5
  B ダニエル10:10〜20
 (4)その時から、周りの環境も変わり始めます。(エステル4:14)
 (5)人をお送りになって答えられます。(使徒10:1〜9)
  @ 創18:2〜15(アブラハム)  AT列王19:5〜7(エリヤ)
  B U列王6:13〜17     C U列王20:1〜10(ヒゼキヤ)
  D 使徒1:10〜11       E 使徒5:19〜20、10:1〜4、12:1〜10

  F 黙1:1〜20

 

▲top

十度目の出会い


なぜ祈ると病がいやされるのか?

* イエス様は病気の人々をお治しになりながら福音を宣べ伝え、使徒と初代教会の信徒たちも、いやしと福音宣教とを並行して行いました。マルコ16:15〜20には、イエス様の確かな約束が与えられています。

1. 聖書にはいやしの約束があります。
(1)マルコ6章などには、主のもとに出てきた者がみないやされたことが記されています。 
(2)マタイ8:17には、'「私たちのわずらいを身に引き受け、病を背負った」'とあります。
(3)イザヤ53:5には、'彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。'とあります。

2. まず、病気の原因を診断しなければなりません。
(1)過労や不注意、伝染などによる病気、老化による病気などもあります。
(2)しかし、聖書に示されている三つの原因による病気は、医者でも治すことができないし、 薬でも治すことができません。それは、霊的な治療がほどこされないと、決して治らな い病気なのです。
  @ 罪による病
   a. 先祖の罪
    偶像礼拝は、三代、四代にまで咎が報いられます(出エジプト20:5、Uサムエル12:5)。 原因も不明、病名もつけられない場合があり、医学的には不治の病として扱われす。
   b. 原罪
    たましいが呪われている状態なので、臨時治療はできますが根本治療はできません
(創3:16〜19)。
    c. 罪過による病(U列王21:12〜19、Tコリント5:5)
  A サタン(悪霊)がもたらす病
a. 精神(マルコ5:3〜15)
   b. 心(エペソ4:23〜27)
   c. 環境(マタイ12:25〜28)
d. 神経(マルコ9:17、ルカ13:16)
  B 神の御心による病気(Uコリント12:7、ダニエル8:27)

3. 誤った治療はもっと悪い結果をもたらします。
 (1)医学や薬のみに頼ることです。
 (2)肉体に現れる結果のみに心が捕われることです。
 (3)宗教的な方法に頼ることです・・・迷信

4. 正しいいやしの順序を知っておかなければなりません。
(1)まず、霊的な治療がなされるべきです。(Vヨハネ2)
  @ 受け入れ(ヨハネ1:12)
  A 聖霊の満たし(エペソ5:18)
 (2)罪を断ち切るべきです。(ヤコブ5:13〜16)
 (3)環境を整理しなければ、また影響されます。(マタイ12:25〜29)
 (4)物理的な治療はそれからのことです。(ヤコブ5:13〜14)

5. いやされた後も気をつけなければなりません。
 (1)信仰を守って、信仰による生活をすることが求められます。
 (2)感謝の心をもって、感謝する生活をしていかなければなりません。
 (3)

 

 

 

▲top    ⇒home

Copyright (C) 2004Japan Remnant. All Rights Reserved.